夜のとばりが降り始める直前。 南国の海を真っ赤に染めて太陽が水平線の影にその姿をすっかり隠しても、空はしばらくの間真っ赤な色を保つ。 その後ひと時も休む事無く空の色が濃さを増してゆく。 オレンジから赤へ。 そして、紫、濃い紫になり夜の闇が少しずつその勢力を増してくるのだ。 Thank God! この星に生まれた幸せに感謝する・・・。
反対車線に停まっている数台の車のハワイアンと何やら話すと、少し興奮したRoydenが車に戻ってきた。 「どうした?」と言う僕の問いかけにRoydenは、「地元の後輩達が喧嘩をしているらしい。 今から助けに行くがいいか、ブラ?」
この時までRoydenは僕のことを名前で呼び、ブラ(兄弟)と呼んだことは無かった。 遠い日本からの訪問者だったのだ。 しかし、緊急事態の興奮とそれにとことん付き合おうとする僕への気持ちが、彼と出会って数年を経てついにブラ(兄弟)と呼んでくれたのだ。
その時のRoydenはちょっと苦笑いをしながら照れくさそうだった。 勢いで言ってしまったのはお互い理解していたが、なんとも言えない居心地の悪さが一瞬二人を襲った。
しかし、やはり僕は嬉しかった。 ついに彼の仲間に認めてもらえたのだ。 一度ブラと呼んでしまうと、気楽になったらしく、それからは彼は僕の事を抵抗無くブラと読んでくれるようになった。 それまで4年近くかかっていた。
彼の後輩達とアメリカのメインランド(本土)からきている白人の高校生同士の喧嘩らしい。 ハワイアンの高校生と白人の高校生!?
「きっと皆僕よりガタイも大きくすごい迫力なんだろうな。 もしかすると銃を持っている奴もいるかも知れない。」などと考えると極真空手を6年近くやってきた僕にも緊張が走った。
車にギアを入れると彼はタイヤを鳴らして、車を発進させた。 明らかに気持ちが高揚している。 反対車線の車もUターンして、僕らを先導した。 車は真っ暗な夜のサンディービーチのはずれに入っていった。
地面は堅く、岩も突き出していた。 車を停めると、Roydenは人ごみに向かって歩き出していた。 僕も車から降りると、彼に続いた。 大きな殴り合いにはなっていなかった。
人ごみが囲んでいる中央で、白人の高校生らしき数人の男が白いヴァンの後部の荷室に乗っていた。 ハワイアンの連中がそれを取り囲み何事か口論している。
僕はハワイアン連中をかき分けてそのヴァンの扉の脇まで一気に歩みより、ヴァンに身体を預けて様子を見守った。 一触即発の雰囲気だった。 何か始まれば当然ハワイアンの後輩達に加勢して入るつもりだった。
彼らのブラになる千載一遇のチャンスだった。 喧嘩に限らず、何かあると彼らは一気に仲間が集まってくる。 これがハワイアンのブラ達の結束だ。 この当時は携帯電話などは無かったが、いつの間にか連絡が行き届くのだ。
シャークアッタクがあった時も知らぬ間にハワイアンの連中が集まってきて全員で被害者を助けると言う話を聞いたことがある。
ハワイはアメリカの一つの州でありながら、欧米人のドライな個人主義とは全く異なり、より我々日本人に近い村社会を形成し、ウェットな人間関係を構築しているのだ。
いよいよ何人かが実力行使にでようとした時だった。 小さな身体のRoydenがその中に割って入り、「Stop, bra! お前らやめろ! ここで奴らが地面に頭でも打ってみろ。 岩で頭を打てばお前ら簡単に殺人者になるぞ!」
彼らの先輩であるRoydenの一言に何人かが動きを止めた。 まだ、相手から離れようとしないハワイアンの高校生の服の背中をむんずとつかむと次々に引っ張り離していく。 実に頼もしい姿だった。
Roydenのおかげで喧嘩はあっけなく終わった。 その後、興奮冷めやらない僕らは全員が車に分乗すると、丘の上の駐車場に向かって列をなして走った。
駐車場に着くと興奮気味に皆が車から降りてきて、口々に相手を罵り、「あいつにパンチを見舞ってやろうと思った。」などと話している。 Roydenと僕がそこに近づくと、皆少し不思議そうな顔をして僕を見ている。
それはそうだ。 彼らとは初対面だったのだ。 初対面のアジア人が自分達の喧嘩のど真ん中まで歩み寄り、自分達側に加勢しようしていたのだから。 そこでRoydenが僕を皆に紹介してくれた。
「こいつは俺のブラで、ルイ。 日本から来たんだ。 こいつは空手の達人で今日もブロックを手で割って見せてくれたんだぜ!」かなりでかい話になってきて少し気がひけたがまんざら悪い気分でもなかった。
「そうか! 喧嘩の時は誰かと思ったよ。 ここでブロック割って見せてくれよ!」盛り上がりついでに何かおかしなことになってきた。 駐車場にブロックが落ちているわけも無く彼らに「試し割」は披露できなかったが。
以来、僕とRoydenの関係は以前にも増して強固なものになっていった。
続く
A hui hou.
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